
今回のブログでお伝えするのはウソのような本当の話。
癌で余命半年の宣告を受けていた方が、お墓を建てたら治ってしまったという話です。
手術をしたものの癌が転移してしまい医者からの余命宣告。
そこからお墓を65才の時に建てられて5年経過。
現在70才になりますが、かつての余命宣告が嘘のように元気になられています。
「現代の医療技術が救ったんだろ?」それは大きな要因になると思います。
だけど本気でお墓づくりに取り組まれ、その後も大切にされている様子を見ている私からすると、それだけでは語れないものを感じています。
余命宣告半年→お墓を建てたら癌が直る
嘘だと思われる方もいらっしゃると思うので、最初にそのお墓について書いた記事を紹介します。
こちらの記事を読んでいただけると、生半可な気持ちでお墓づくりをされてなかったことがよくわかるかと思います。
とにかくお墓づくりに熱心で、こだわりの強い方でした。
並々ならぬ思いを感じて、打合せの度に、毎回身が引き締まる思いをしたことを5年経った今でも覚えています。
そのお施主さんをAさんとして、この後の話を進めていきます。
Aさんがお墓づくりの打ち合わせでいつもおっしゃる言葉がありました。
「俺は墓をつくって死ぬから」
ご本人は、あっけらかんとおっしゃるのですが、私にとっては重い言葉でした。
「お墓をつくったから癌が治ったんですよ。」
なんて、この間Aさんと会った際には冗談を言って互いに笑い合っていましたが、
「大丈夫ですよ。お墓をつくれば治りますから。」
なんて言葉は、当時口が裂けても言えませんでした。余命宣告を受けた方に到底言える言葉ではありません。
自分が入るお墓をつくるという意思が明確であること。
その意味を強く感じましたし、私にできることは、なるべく気持ちに応えることだけだと強く思ったことを覚えています。
想いを込めたお墓をつくるということ
今思うと、Aさんのお墓づくりは純粋な気持ちが高まっていたのだと感じています。
死を意識しながら、家族を想い、ご先祖様を想い、神仏を大切にしながらお墓づくりに取り組まれていました。
それだけでなく、福島県産の芝山石を使って東日本大震災の復興を願ったり、茨城県産の石を使って国内産業の活性化を祈ったり、地元の伝統工芸である瓦を用いたり。
回りの幸せも願った優しい想いもAさんのお墓づくりには込められていました。
それが理由で癌が治ったとは言いません、だけど実際に元気でピンピンされているAさんを見ると関連がないとも思えないのです。
スピリチュアル寄りの話に聞こえるかもしれませんが、祈りの効果は科学的にも証明されています。
ちょっとだけ話が脱線しますが、世界や物事を統合的・包括的に捉えるための「メタ理論」であるインテグラル理論では、深い宗教と深い科学は同じであると書かれています。
宗教が科学で解明される世の中になってきているし、科学にも限界があり、量子力学の分野では宗教に近づいている側面もある。
ちまたで言われているようなスピリチュアル論には、眉唾物もありますが、理にかなっているものもあります。
ここを掘り下げるとキリがないので話を戻しますが
Aさんは、今でもお墓をとても大切にされています。
5年も経つのにお墓が建てたばかりのようにキレイだったのを見て驚きました。
「中野さんが、YouTubeで紹介してたお墓掃除の方法を参考にしたらピカピカになったよ。」
今でも私が作ったコンテンツを見てくださっていることに驚くとともに嬉しくて自然と頬がほころんでしまいました。
石屋をやっていて良かったと思える瞬間です。
いつもお墓をキレイにして、お墓参りをして、お墓を大切にする気持ち。
心と身体はつながっていると言いますが、余命宣告を受けたにも関わらず癌から復活し、心身ともに健康なAさんを見ていると感じます。
医療は確かに身体の悪い部分の外科的な手術をしたり、症状を抑える薬を投与することはできます。だけど心の回復には特効薬はありません。
この記事の内容は、YouTubeでもお話させていただいています。
ご先祖様は私たちを見守ってくれている~最後に言いたいこと
最後に言いたいことは、神様・仏様・ご先祖様は私たちを見守ってくれています。
ただし、その存在を感じられなければ恩恵はありません。
また、その恩恵を受けるには、純粋に感謝をして祈りを捧げること。
自分の利益を求めたのではあまり効果がありません。
神様・仏様・ご先祖様、他者や自然に対して祈りを捧げた時に素晴らしい効果があります。
私はちまたにあるスピリチュアルのような都合の良い話はしません。
自分の幸運を願ったスピリチュアルは、自我を拡大するだけで心が狭くなるからです。
人は死を意識することで、本当に大切なものが見えてくると言います。
お金や地位や名誉はあの世に持っていけません。
そんな境地で作られたお墓だからこそ、Aさんは余命宣告を受けたにも関わらず癌から元気になったのだと思うのです。